備忘録

都内在住SEのアラサー。PNH持ち。好きなこと、思うことを記録。映画、美術館、宝塚がメイン。。

続・『異人たちのルネサンス』関連美術史のお話。

前回書いた記事の続編。

せっかくなのでヴェロッキオの工房の弟子たちを、と思って調べ始めたのですがクレディとフェルッチの記載は手元の資料になく…。
似たような名前もありませんでした。すいません…。

 

ということで資料のあった2人を。

 

まずは澄輝さやとさんのペルジーノ。
1450年頃~1523年。
本名はピエトロ・ヴァンヌッチ。通称のペルジーノのはペルージャ人の意味。
ルネサンス三大巨匠ラファエロの師だそうです。へー!
ヴェロッキオの工房で修行。1472年にフィレンツェで画家として登録。
1500年ころには「イタリアで最高の画家」と言われたそうですが、形式化した人物や構図で次第に飽きられたそう…。
悲しい…。

有名なのは《ペテロへの鍵の授与》。

f:id:crystal0721:20181224163854j:plain

ペルジー

ミケランジェロ最後の審判》が有名なシスティーナ礼拝堂の壁画です。
キリストが天国への鍵を弟子の一人、ペテロに渡すシーン。
床に書かれた石畳のマス目が遠・近・法!!って感じですね。
(遠近法はこの少し前に出てきた技法。皆さんこぞって使う頃です)

 

 

瑠風輝さんのシニョレッリ。
おそらくルカ・シニョレッリのこと。
1450年頃~1523年。ペルジーノと一緒ですね。
私の手元の資料にはヴェロッキオの工房にいたとは描かれていません…。
でも、1481年からはシスティーナ礼拝堂装飾に参加、やがてロレンツィオ(芹香斗亜さん)の招きに応じてメディチ家別荘に同家を称揚する寓意画連作を描いたそうですのでなんかしら繋がりはあったかもしれません。

有名なのはオルヴィエート大聖堂サン・ブリツィオ礼拝堂の連作。

以下がそのうちの1枚。

f:id:crystal0721:20181224163837j:plain

シニョレッリ


もともとはこの少し前の時代のフラ・アンジェリコという人(もともと修道僧なのに結婚して子供までいる突っ込みどころ満載。でも絵は素敵)が弟子とともに
天井から作成したが、中断。50年後に彼が再開。
《反キリストの説教と悪行》は前回の記事でも記載した、サボナローラのことを暗示しているとも。
解剖学に傾倒し、活力に満ちたこの連作はミケランジェロシスティーナ礼拝堂の《最後の審判》に影響を与えました。

 

残りの人も専門書をひっくり返せば出てくるんでしょうが、私の手元にあるレベルでは探せず。。

すいません。

それにしても、一つの工房にもこれだけ人がいたと思うとかなり狭い人間関係の中で生きていたんでしょうねぇ…。

その中で注文をつかみとり、パトロンを見つける。大変な世界なのはどこも同じ…。

 

前回と今回の記事で少しでも美術史に興味を持ってくださった方がいらっしゃれば幸いです。